目黒川水門を震災対策調査特別委員会で視察しました。

目黒川水門を震災対策調査特別委員会で視察しました。
昭和34年の伊勢湾台風で伊勢湾に干潮面上約5mの高潮が襲来し、
東京でも同規模の高潮襲来を想定し検討された。
想定では23区特別区の41%が冠水し甚大な被害が想定され、
昭和35年から建設工事が実施された。
目黒川は満潮時、中目黒の舟入場までは海水が上がってくるわけだが
驚くことに目黒川自体には水門はなく、防潮堤の内部護岸エリアを
高潮から守るために約5.4mの防潮堤と水門であった。
他にも近くには立会川、新呑川、古川なども同じであり、川自体を
水門によって遮断するというものではなく、あくまで高潮対策であった。
昨今騒がれているのは、首都直下型地震や三浦活断層などの地震による
津波であるが、津波自体は想定がされているわけではない。
震災に関連する対策はどこまでを想定しながら行えばいいかが
キーポイントとなる、多額のお金をかけていけば様々な対策がとれるが
使い勝手や震災の対策のみに予算配分をできるわけでもなく、バランスと決断は
非常に難しい。今後研究を続けていきたい。

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